東京高等裁判所 昭和47年(ラ)962号 決定 1976年4月16日
抗告人
乙山月子
<仮名>
右代理人士
斉藤治
相手方
甲野星子
<仮名>
相手方
甲野花子
<仮名>
右相手方両名代理人
馬塲東作
外一名
被相続人
甲野太郎
<仮名>
主文
一、原審判を次のとおり変更する。
二、被相続人甲野太郎の別紙第一目録記載の遺産を次のとおり分割する。
(一) 抗告人月子は
(1) 三菱銀行麹町支店の定期預金
一五、三一七、三八一円
(2) 北陸銀行新宿支店の定期預金
二九、〇〇〇、〇〇〇円
(3) 第一勧業銀行新宿支店の定期預金
二〇、六九五、七三四円
(4) 同銀行同支店の普通預金の内
五、五六九、六八八円の預金債権合計七〇、五八二、八〇三円および右に対する各利息債権を取得する。
(二) 相手方花子は、
(5) 三菱銀行麹町支店の無記名定期預金
五、二五六、三八八円
(6) 同銀行同支店の無記名定期預金
一六、〇〇〇、〇〇〇円
(7) 第一勧業銀行新宿支店の普通預金の内
五、九五二、八二二円の預金債権合計二七、二〇九、二一〇円および右に対する各利息債権を取得する。
(三) 相手方星子の取得分はない。
三、手続費用中、第一、二審において鑑定人に支給した分につき、金三七六、七六一円を抗告人の負担とし、金一四五、二三九円を相手方花子の負担とする。
理由
一当事者らの各主張は、原審判書に記載のとおりである。(ただし、原審判書の訂正省略。)
二本件相続人およびその各法定相続分に関する判断は、原審判書理由第二(一)の記載をすべて引用する。なお、相続分の指定が行われた事実を認めるべき証拠はない。
三相続開始時における被相続人の遺産の範囲および同遺産の一部につき相続人間に分割協議が成立したことに関する認定判断ならびに右一部分割以外の遺産につき原判示のとおりに本件遺産分割を行うのを相当とすることについての判断は、原審判書理由第二(二)(1)(2)の記載を引用する。
四生前贈与に関する原審の判断(原審判書理由第二(三)記載)については、当裁判所は、これと異る判断をする。すなわち、
(一) 原審判書理由第二(三)(1)記載と同じ認定事実関係のもとで、被相続人の抗告人および相手方両名に対する別紙第二目録記載の甲野屋印刷株式会社の株式の生前贈与は、いずれも民法九〇三条所定の生計の資本の贈与に当り、いわゆる特別受益に該当するものといわなければならないが、<証拠>によると、被相続人と相手方星子との間の長女である相手方花子(大正七年生)は日本女子大学卒業の翌年ころより強度の神経症となり、その後入院再発を繰返し、右株式が贈与された昭和三三年五月当時、四〇才に達しながら結婚もできない状態で両親の庇護のもとに生活していたこと、特に母である相手方星子が右花子の身の廻りの世話をしていて、将来にわたってその状態を続けなければならないことが予測されていたため、被相続人としては甲野屋印刷株式会社の利益配当をもつて相手方花子と相手方星子の生活の安定を計ろうとして右株式の贈与を決意したものであることが認められ、しかも、その際、既に他に嫁していた抗告人月子に対しても前示のとおり株式の贈与を行つていることを考え合せると、被相続人としては、右株式の生前贈与にあたり、相手方両名のみでなく、抗告人に対しても、同条三項所定のいわゆる持戻免除の意思を少くとも黙示的に表示したものと推認することができる。しかして、別紙第二目録記載のごとく認定できる相続開始時の価額を後記認定の相続開始時の遺産総額に対比すれば、右持戻免除によつて各相続人の遺留分を害することにならないことは明らかである。
(二) また、原審は、別紙第三目録(原裁判書別紙第二目録)記載の各土地は相手方らがそれぞれ第三者から直接自らの資金をもつて買受けたものであつて、被相続人が相手方らに右各土地を贈与した事実ないし相手方らの右買受け代金を被相続人が相手方らに贈与した事実は認められないとしているが、<証拠>によれば、右第三目録記載の各土地はいずれも被相続人が第三者から買受け取得したものであつて、被相続人が右買受け当時これを同目録記載の登記名義のとおりそれぞれ相手方に対し、その生計の資本として生前贈与したものであることが認定できる。<証拠>中、右認定に反する部分は、相手方らが自ら買受けを主張する昭和三〇年ないし三三年当時これを買受けるに十分な資力を有していたことを認めるに足りる証拠が他にないことに照らし措信できず、原審挙示の登記簿謄本の記載によつては右認定を覆すに足りない。
しかして、この生前贈与につき相手方星子に対しては、被相続人が民法九〇三条三項所定の持戻免除の意思を表示した事実を認めるべき証拠が見当らないが、前認定のごとく相手方花子が強度の神経症のため独身のまま両親の庇護のもとに生活して来た者であり、その後も社会的活動によつて独立した生計を営むことを期待することの困難な心身の状態にあつたという状況下で、相手方星子に対する四筆の土地と区別して特に一筆の宅地のみを相手方花子に贈与することにした点を考慮に入れれば、父被相続人としては相手方花子に対する右贈与については、その贈与にあたり、相続開始の場合にも持戻計算の対象とすることを免除する意思を少くとも黙示的には表示したものと推認できるところ、この分についても別紙第三目録二記載の相続開始時の価額を後記認定の相続開始時の遺産総額に対比し、同持戻免除によつて他の相続人の遺留分を害することにならないものということができる。
よつて、別紙第三目録一(一)ないし(四)の贈与についてのみ持戻計算の対象とすべきものと判断する。
五本件遺産分割の対象とすべき遺産は、原審判書理由第二(四)記載と同じ理由により、結局別紙第一目録記載の預金に限られるものと判断する。
六本件相続人らの各具体的相続分算出についての遺産評価ならびに一部分割により各相続人が既に取得した分の判定およびその評価額についての原審の認定判示(原審判書理由第二(五)(1)(2)の記載)は、次に付加、訂正するほかこれを引用する。
(一) 右認定の証拠挙示中に原審ならびに当審における鑑定人杉本治の鑑定結果を加える。
(二) 原審判書理由第二(五)(2)ロaの記載を次のとおり訂正する。
a、甲野屋印刷株式会社の株式二〇、二八〇株 三九、五二五、七二〇円
(一株一、九四九円であることは、相続税修正申告書ならびにこの点が当事者間に争いのないことによつて認定する)
相手方星子 一四、一九六株
二七、六六八、〇〇四円
相手方花子 四、〇五六株
七、九〇五、一四四円
抗告人月子 二、〇二八株
三、九五二、五七二円
七よつて、原審が原審判書理由第二(五)の末尾に相続開始時における遺産の総額として判示した合計金額一九八、二五七、七〇七円に、当裁判所が前示のとおり持戻計算に加えるべきものとした別紙第三目録一の(一)ないし(四)記載の合計金額八一、八七六、六〇〇円を加えた金額二八〇、一三四、三〇七円をもつて本件相続開始時の遺産総額とみなすこととし、各法定相続分三分の一による金額を算出すると各九三、三七八、一〇二円(円位以下四捨五入)となるところ、各相続人が前示一部分割および持戻の対象とすべき生前贈与によつて既に取得した分との対照をすると次のとおりである。
相続人
乙山月子(抗告人)
甲野花子(相手方)
甲野星子(相手方)
一部分割による取得分
三、九五二、五七二円
五八、九〇五、一四四円
三七、六〇七、九〇〇円
生前贈与による持戻分
〇
〇
八一、八七六、九〇〇円
以上合計
三、九五二、五七二円
五八、九〇五、一四四円
一一九、四八四、五七八円
法定相続分の価額
九三、三七八、一〇二円
同左
同左
過不足
不足
八九、四二五、五三〇円
不足
三四、四七二、九五八円
過
二六、一〇六、四七六円
従つて、相手方星子の具体的相続分は民法九〇三条二項により零となり、抗告人月子の具体的相続分は一二三、八九八、四八八分の八九、四二五、五三〇となり、相手方花子の具体的相続分は一二三、八九八、四八八分の三四、四七二、九五八となる。
よつて、右各具体的相続分の率を本件遺産分割の対象とすべき遺産の別紙第一目録記載の総額九七、七九二、〇一三円に乗じた数値は、
抗告人月子 七〇、五八二、八〇三円(円位以下四捨五入以下同じ)
相手方花子 二七、二〇九、二一〇円
相手方星子 〇円
となるところ、本件記録によつて認定できる一切の事情を考慮して、別紙第一目録記載の預金の分割取得を主文のとおり定めるのを相当と判断する。従つて、これと異る原審判を変更することとし、手続費用中、第一、二審において鑑定人に対し日当報酬として支給した分五二二、〇〇〇円は、本件分割の結果取得すべき金額に按分して、抗告人において三七六、七六一円を負担し、相手方花子において一四五、二三九円負担すべきものとして、主文のとおり決定する。
(岡松行雄 安倍正三 唐松寛)
<別紙第一ないし第三目録省略>